冬のタイヤはスタッドレスがいいのですが。

私は群馬県在住ですので通勤は自動車を使っています。こらから冬になりますが、心配なのは雪が降った時にどうするかで、本当はスタッドレスタイヤに履きかえればイイのでしょうが、雪が降るのは年に2回位で購入するのも勿体ないので、安い金属製のタイヤチェーンを持っています。あと、スタッドレスタイヤを購入しても、家の置き場所が狭く邪魔になる事も、購入を躊躇する理由です。
 寒さに震える都大路を制したのは、地元・京都チームだった。16日の全国女子駅伝で2年ぶり14度目の栄冠に輝き、初めて皇后杯も手にして喜びに包まれた。岡山は2連覇こそ逃したものの、前評判通りの強さを発揮し、福岡が久しぶりに3位に食い込んだ。阪神大震災から16年を目前に控えた兵庫は、鎮魂の思いをたすきでつないだ。積雪や寒さの影響が懸念されたが、関係者が懸命の除雪作業でコースを整え、選手は万全の防寒対策でレースに臨んだ。
■福士選手中心に「早狩さん勝たせる」
 西京極陸上競技場(京都市右京区)に一番に姿を見せた京都のアンカー福士加代子選手(28)=ワコール=が、ガッツポーズでテープを切り、京都の2年ぶりの優勝を決めた。
 みんなでつかんだ栄冠だった。「早狩さんを優勝させる」。福士選手がチームメートに呼び掛けたように、今大会から就任した早狩実紀監督(38)の下で結束力が生まれた。メンバーから外れた選手も、それぞれができることを見つけ、チームをもり立てた。
 山下文佳選手(14)=東輝中3年=は試合前日、同じ中学生選手の洗濯を買って出た。「胸を張ってチームに貢献できたと言えるようにしたかった」と振り返る。久馬悠選手(17)=綾部高2年=は後輩にリラックスした走り方をアドバイス。双子の妹の萌選手(17)=同=は「サポート役として少しでも役に立ちたかった」と話す。「『自信を持って頑張って』と、シンプルに声を掛けた」という西原加純選手(21)=佛教大4年=は故障で走れない悔しさを他の選手の支援へ注いだ。
 「気持ちの持ち方など選手目線のメッセージを伝えた」と早狩監督。一丸となった自然体のチームづくりが優勝へとつながった。
 前回から授与されるようになった皇后杯を京都は初めて手にした。京都の陸上女子としては昨秋の千葉国体で17年ぶりに競技別1位となり、皇后杯を授与されたのに続く快挙。京都陸協の桝岡義明会長(74)は「若い選手の合同合宿を早くから開いており、次々と良い選手が生まれる素地がある」と、その強さに自信を見せた。

 阪神大震災で当時、神戸市長田区にあった工場が全壊する被害にあった製薬会社「万協製薬」(三重県多気町)の再生が注目を集めている。一時は従業員を全員解雇する事態にも追い込まれ、廃業の危機に直面したが、三重県に移転して、わずか3人で再出発。いまでは社員が100人近くになるまでに復活した。地元では、震災経験を生かした独自の防災対策が注目を集めており、視察する見学者も相次いでいる。

 万協製薬は、阪神大震災のあった平成7年1月当時、神戸市長田区内に3階建ての本社兼工場を構えていた。地震では工場1階がほぼつぶれた状態となり2、3階は南に3メートルずれた形となった。現地再建も検討したが、市の建築制限区域に指定されるなどして断念。当時の社長は体調不良となり、約20人の従業員は全員解雇された。

 現社長の松浦信男さん(48)は当時は社員として勤務。「みんなほうけたような顔をしていた」と、その光景を忘れない。

 廃業の危機に追い込まれるが、社長の息子でもあった松浦さんが翌年5月、「ブランドがなくなると、自分たちの歴史がなくなる」と社長に就き、妻と大学の同級生と3人で再出発。親類の紹介で11月に多気町に新工場を建設した。

 新たにつくった工場兼社屋は鉄筋2階建ての2棟だが、震災経験を随所に生かした。旧工場の1階がつぶれた経験から、重量物は1階に集中。機械の転倒を想定し、設置間隔を広げたうえ、せり出す位置にはラインを引き通路を確保した。

 蛍光灯、窓には飛散防止フィルム、搬入シャッターなどはビニール製とし、いざというときには、カッターで裂いて脱出しやすいように工夫。社内のデータ管理は有事のバックアップも兼ね、あえて県外業者に委託する徹底ぶりだ。

 移転先では得意先もなく、厳しい出発だったが、スキンケアのクリームなど外用薬専門の受託メーカーとして成長。昨年3月の総売上高は18億円、従業員約100人にまで成長した。

 今では、その防災対策を一目見ようと、経営者らの視察が相次ぎ、年間千人の見学者が。松浦さんは企業の防災力向上を目指して三重県などが立ち上げた「みえ企業等防災ネットワーク」の運営委員も務める。

 防災関係の講演依頼も多い松浦さんは「誰も死なないようにするにはどうしたらよいのか。倒れない耐震性、燃えない防火性など、今も地震について考え続けている。生き残ったものの責任として語り継いでいきたい」と話している。

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